元谷芙美子の若い頃画像まとめ!生い立ちから衝撃すぎるアパ社長の人生とは?

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アパホテルの名物社長、元谷芙美子さん。

アパホテルの知名度と共に元谷芙美子社長の存在感はものすごいですよね!

元谷芙美子社長といえば大きなつばの帽子がトレードマーク!

そんな元谷芙美子さんの若い頃はどんな感じだったのか気になる方も多いのではないでしょうか(^^)?

また元谷芙美子さんは生い立ちから衝撃的だったとの噂も…!

そこで今回はアパホテル名物社長、元谷芙美子さんの若い頃はたんぽぽ川村エミコ!衝撃の生い立ちや経歴まとめ!としてご紹介していきたいと思います。

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元谷芙美子の若い頃はたんぽぽ川村エミコ!

アパホテル社長の元谷芙美子さんの若い頃の写真が、お笑いコンビのたんぽぽの川村エミコさんにそっくりとの噂が…!

元谷芙美子さんの若い頃は、たんぽぽ川村エミコさんに似ているのか早速見ていきましょう!

こちらが元谷芙美子さんの若い頃の写真です

そしてたんぽぽ川村エミコさんのお写真がこちら!


たんぽぽ川村エミコさんが元谷芙美子さんに寄せてるとはいえ、激似ーー!!(笑)

目元や鼻の形などがそっくりですよね(゚∀゚)!

川村エミコさんも自分がアパ社長こと元谷芙美子さんに似ていることを自覚しているようです(笑)

ここまで似てるということは、たんぽぽ川村エミコさんは歳を重ねると、元谷芙美子さんのような顔により近づくのかもしれませんね(゚∀゚)!

また、たんぽぽ川村エミコさんはテレビ東京の番組の再現VTRで、元谷芙美子さん役を演じたこともありました。

さらに元谷芙美子さんの 41歳の頃のお写真を見ていきましょう!

この時はまだアパホテルの社長になる前ですが、やはり帽子を被ってる…!(笑)

元谷芙美子さんといえばこの帽子姿ですが、なぜ帽子を被ってるのか?

その真相について調査してみました。

元谷芙美子が帽子をかぶる理由

小学校の頃から帽子をかぶっていくのが大好きだった元谷芙美子さん。

先生に「授業中は帽子をかぶってはいけません」というふうに指摘されても、「先生、レディにとってはこれが正装なんですよ」と答えたというエピソードも(笑)

そんな元谷芙美子さんにとって帽子とは『戦闘服』なんだとか!

ビジネスの最前線に立つものとして、洋服を選び、髪を整えて、帽子をかぶることで、仕事モードのスイッチが入るんだそうです!

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元谷芙美子のプロフィール

元谷芙美子(もとや ふみこ)

引用元:Twitter

生年月日:1947年7月8日

出身:福井県福井市

職業:実業家

元谷芙美子さんは福井県福井市出身の実業家です。

2021年時点で全国に664ホテルを所有し、北米にも進出しているアパホテルの名物社長として知られていますよね!

元谷芙美子さんは、自ら積極的にメディアに出演し、マスコミの取材を受けることで、アパホテルの名前を全国的に有名にし、業績を飛躍的に伸ばしていてその勢いは2022年もとまりません!

元谷芙美子の生い立ち

元谷芙美子さんは、1歳になるまでになんと2回も死にかけたという衝撃的な生い立ちを持っています。


一度目は、戦後間もない頃に未熟児で産まれた元谷芙美子さん。

時代背景もあり、母体が栄養不足だったことが原因で、出生時に「のしイカのようにしんなりして出てきた」ということです。

夜は越せないって思われてたみたい。「朝になったら葬儀屋を呼ぼう」って話になって、葬式用の桶と白いさらしを用意されてた(笑)でもね、一晩超えて、運よく生きてたんですよ。

引用:アパ社長「みんな“自分がほしいとき”に家を買うから、お金が集まってこないんや」|新R25 – シゴトも人生も、もっと楽しもう。

生まれた時から命の危険があったんですね。

生まれて来たばかりなのに「朝になったら葬儀屋を呼ぼう」という話になるなんて、よほど危なかったのだと思います。

しかし、この一度目の危機は何とか乗り越えます!

そして二度目の危機は、1歳になる直前の1948年6月28日におきた最大震度6の福井地震。

この時もまだ幼かった元谷芙美子さんですが、九死に一生を得ます(゚∀゚)!

大きな揺れで気絶して体がすべり込んだ先が、たまたま観音開きになった仏壇の下だったの。

引用:アパ社長「みんな“自分がほしいとき”に家を買うから、お金が集まってこないんや」|新R25 – シゴトも人生も、もっと楽しもう。

1歳になるまでに2回も死にかけた元谷芙美子さん。

この経験を通して一生分の厄を落としたと話されてます(^^)

このポジティブな捉え方が凄腕女社長としてどんなピンチも乗り越えられるパワーになってるのかもしれませんね!

また、元谷芙美子さんはとても成績が良かったそうです!

当初、高校は福井県内の進学校に通い、東京のお茶の水女子大に進学を希望していました。

しかし、高校3年生の時に印刷工場の工場長をしていた父親が鉛中毒で体を壊したために、進学を諦めて、地元の信用金庫に就職したそうです。

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元谷芙美子の経歴

すでに衝撃な生い立ちがあったアパ社長の元谷芙美子さんですが、信用金庫就職後からの経歴を見ていきましょう。

信用金庫に就職

元谷芙美子さんは父親の体調不良が理由で大学進学を諦め、地元の信用金庫である福井信用金庫に就職しました。

当時、高卒の女性が信用金庫に就職した場合、窓口業務になるのが一般的と言われてました。

しかし元谷芙美子さんは実力があったようで、営業職として働いていたとのことです。

結婚後は女社長に

信用金庫を寿退社した元谷芙美子さん。

そして夫が起業した信金開発株式会社(現アパ株式会社)で働くことになります。

妊娠中は経理や事務職として会社を手伝い、出産後は営業という、今で言う超バリキャリ女子!!

ここでもすぐに営業でトップの成績になり、実力で取締役に就任しました。

1994年にはその営業手腕を評価され、会社の代表である夫からアパホテルの社長に指名され、社長を務めることになりました。

ここに、アパホテルの名物「アパ社長」が誕生したのです。

しかし元谷芙美子さんがアパホテルの社長に就任した時は順風満帆ではありませんでした。

当時、アパホテルは全国に8ホテルしかなく、赤字ギリギリの経営状況だったそうです。

ここでまず元谷芙美子さんがしたことは、自ら積極的にメディア出演して、アパホテルの名前を売り込むようにしました。

そこで生まれた広告があの有名な「私が社長です。」です。

派手な服と帽子をかぶった元谷芙美子さんが前面に出る「私が社長です。」という広告は、当時衝撃でしたよね(笑)

インパクトもありましたが、かなりディスられたこの広告(笑)

「史上最悪の広告」と評されることも多く、アパホテルには非難が相次いだそうです(^_^;)

しかし、アパホテルの広告は人々の記憶に残ったことで「アパホテル」というホテルチェーンがあることが、日本全国で広く知られるようになったのです。

この広告をきっかけに、アパホテルは一気に業績を伸ばしていき、2000年以降は毎月のように新ホテルを全国各地にどんどんオープンさせ、2004年にはホテル10,000室を達成しました!

今では全国各地でアパホテルをみかけますよね!

耐震偽装問題で窮地に

しかし、2007年にアパホテルの経営を揺るがす問題に直面します。

その問題とは耐震偽装問題です。

2007年1月25日、国土交通省がアパホテルの「アパヴィラホテル京都駅前」と「アパホテル京都駅堀川通」は耐震基準の7~8割しか耐震構造がないことを発表しました。

余談ですが、この2つの物件は「田村水落設計」の水落光男1級建築士による偽装であり、アパホテルや元谷芙美子さんが直接関わっていたわけではありません(ノД`)シクシク

むしろ、本来なら被害者なのかもしれません。

しかし、元谷芙美子さんはCEOである旦那の元谷外志雄さんと一緒に涙の謝罪会見を開きました。

そして、このアパホテルの耐震偽装問題で、銀行からの300億円の融資引き上げが行われ、さらに顧客が離れるなどの窮地に追い込まれます。

しかし、元谷芙美子さんはこのピンチをチャンスに変えます!

300億円を用意するために、元谷芙美子さんはアパホテルの不動産を複数売却。

そして、銀行に300億円を返済!

そしてこの時ちょうどリーマンショックが起こります。

不動産を売却した直後に起きた、リーマンショックで土地の値段が暴落。

…ということは、元谷芙美子さん率いるアパホテルは高い時に不動産を売って、潤沢な資金が残ったということです。

そして、その資金で安くなった土地を購入して、さらにアパホテルの業績を伸ばしていき、全国にアパホテルをオープンさせていきました!

運も味方にした元谷芙美子さん!

経営の神が味方してるとしか思えませんよね!

コロナ禍で好感度アップ

アパホテルは2010年代になっても、どんどんホテルをオープンさせていきました。

2010年代は特に、都心部・繁華街の中心部への進出が目立っています。

そんなアパホテルが世間の好感度を一気にアップしたのが、コロナ禍での療養者受け入れです。

アパホテルはいち早く新型コロナウイルスの軽症者の受け入れを表明しました。

これはニュースにもなりましたよね!

元谷芙美子さんは次のように語っています。

ホテル業界のリーディングカンパニーとして医療崩壊を防ぐためのご協力をしたい、皆さまの期待にお応えしたいという想いから、即座にお引き受けさせていただく方針を固めました。

引用:コロナ患者受け入れ、1泊2500円…アパ社長の究極経営判断と「ハッテン場化の是非」 なぜアパは日本人に愛されるのか | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

元谷芙美子さんはこのような決断ができる社長だからこそ、アパホテルはここまで業績を伸ばしてきたといえそうですね!

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元谷芙美子の学歴

元谷芙美子さんの学歴を確認してきましょう。

・福井県立藤島高校卒業

・2005年:法政大学人間環境学部卒業

・2006年:早稲田大学大学院公共研究科修了

・2011年:早稲田大学大学院公共経営研究科修了

元谷芙美子さんは高校卒業後は家庭の経済的な事情で、大学への進学を諦め、信用金庫に就職しました。

若い頃から様々な苦労があったことは先程も紹介しましたが、かなり勉強熱心の方のようです。

アパホテルの社長になってからの2001年に法政大学に入学、2005年に卒業しました。

この時は、秘書にノートを取らせているなどが問題になりましたが、無事卒業しています。

そしてその後、早稲田大学の大学院に進学し、修士(公共経営)を取得、博士課程に進んでいます。

プロフィールでは「博士課程修了」となっていますが、博士号を取得した記録がないため、「単位取得満期退学」ではないかとも言われています。

それでも、勉強熱心な方であることは間違いありません。

この向上心こそが、常に新たな発想や経営者としての能力を高めてるのかもしれませんね。

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まとめ

今回はアパホテル元谷芙美子社長についてまとめてみました。

若い頃はたんぽぽ川村エミコさんにそっくりとのことが判明!

そして生い立ちも衝撃的だった元谷芙美子さん。

しかしその裏には経営の神として素晴らしい実力と人格の方ということがわかりました。

元谷芙美子さんは今後も私達をあっと驚かすサプライズをしてくれること間違いなしですね!

本日も最後まで読んでくださりありがとうございました。

 

 

 

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